音楽的な、あまりにも音楽的な(第二回)
ある、老いぼれた、目の見えぬしわくちゃな……、
だが、しかし、若い頃の燃え上がる情熱をいまだ持った老人は語った。
「若いやつらは、音楽を理解し取らん。今の音楽は音楽ではない。まるであれはノイズだ。音楽じゃない!」
この老人、まだ、はっきりと太陽の高さと、葉の蒼さを認識できた頃は、音楽の未来を信じる、歩むことを止めぬ勇者であった。
彼は、ノイズ・ミュージックに熱狂し、パンクに酔い、前衛芸術の虜となっていた……!
そして、彼は時代の寵児となり、人々から喝采を受けた。
時は流れ、彼は人々から忘れ去れた。
やがて、彼は不平を漏らしだした。
「若いやつらは、音楽を理解し取らん。今の音楽は音楽ではない。まるであれはノイズだ。音楽じゃない!」
かつての勇者は、己の歩の上に止まってしまったのだ。
「進歩するという大地の上に『安住』してしまったのだ」!
彼が若かれし頃、ノイズ・ミュージックに熱狂的だった。
今は、「今の音楽はノイズだ」と言いい、批判する。
何故そんなことが言えるのだろうか?
ノイズの中に、高貴なノイズと低俗なノイズというべき差があるのか?
しかし、彼は、パンクにも夢中だった。
低俗なノイズはパンクではないのか?
三流アイドル歌手の音楽は、低俗なノイズ・ミュージックではないのか?
あなたは、なぜこれらを愛さない?
彼は結局、既成概念に捕らわれてしまっているのだ!
「進歩する」という名の大地に安住してしまうのならば、
「安住する」という意味で、伝統芸術と結局一緒だ。
彼は、年を重ねると共に、「前衛という権威」にしがみついてしまったのだ!
おお!!
今の音楽が腐っているのではない!
単純な話だ。
「あなたは、年を取りすぎた」!
だが、しかし、若い頃の燃え上がる情熱をいまだ持った老人は語った。
「若いやつらは、音楽を理解し取らん。今の音楽は音楽ではない。まるであれはノイズだ。音楽じゃない!」
この老人、まだ、はっきりと太陽の高さと、葉の蒼さを認識できた頃は、音楽の未来を信じる、歩むことを止めぬ勇者であった。
彼は、ノイズ・ミュージックに熱狂し、パンクに酔い、前衛芸術の虜となっていた……!
そして、彼は時代の寵児となり、人々から喝采を受けた。
時は流れ、彼は人々から忘れ去れた。
やがて、彼は不平を漏らしだした。
「若いやつらは、音楽を理解し取らん。今の音楽は音楽ではない。まるであれはノイズだ。音楽じゃない!」
かつての勇者は、己の歩の上に止まってしまったのだ。
「進歩するという大地の上に『安住』してしまったのだ」!
彼が若かれし頃、ノイズ・ミュージックに熱狂的だった。
今は、「今の音楽はノイズだ」と言いい、批判する。
何故そんなことが言えるのだろうか?
ノイズの中に、高貴なノイズと低俗なノイズというべき差があるのか?
しかし、彼は、パンクにも夢中だった。
低俗なノイズはパンクではないのか?
三流アイドル歌手の音楽は、低俗なノイズ・ミュージックではないのか?
あなたは、なぜこれらを愛さない?
彼は結局、既成概念に捕らわれてしまっているのだ!
「進歩する」という名の大地に安住してしまうのならば、
「安住する」という意味で、伝統芸術と結局一緒だ。
彼は、年を重ねると共に、「前衛という権威」にしがみついてしまったのだ!
おお!!
今の音楽が腐っているのではない!
単純な話だ。
「あなたは、年を取りすぎた」!
音楽的な、あまりにも音楽的な(第一回)
ショッキングな事件である。
いや、これから私が語ろうとする全てが……、ショッキングであり、電撃戦である。
あなたが、もしも、音楽に情熱的であればあろうとするほど、その傷口は大きく開く。
あなたが、もしも、長生きしたいというのならば、耳を塞ぎ、私を遠ざけよ。
これは警告である。
第一の章
私は、ある、古典的な、ありふれた、クラシック音楽を聴いていた。
音楽はフォルテッシモを奏でた。
フォルテッシモ……。
だが、しかし、どの音が本当のフォルテッシモだと言えるのか?
演奏者一人ひとりによって、その、フォルッテシモは様々な色を持ち、
また、力強さも、世界も、違う。
どんなに指揮者が演奏者を操ろうとも、
そこには、必ずや「偶然性」が介入している。
「という事は、偶然性の音楽は何世紀も前から存在していたわけですね?」
その通りだ。
ケージは少なくとも「偶然性の音楽」の発明者ではない。
発見者だ。
そして、「偶然性の『ような』音楽」を発明したのだ。
何故ならば、偶然性を創出することを前提とした音楽に、そもそも「偶然性」など存在するわけも無い。
それは、「必然性」だ。
「必然性」の中に、先のフォルテッシモのような、「偶然性」が隠されているのだ。
人間には偶然性は絶対に「作り出せない」。
作り出せないからこそ「偶然性」というのだ。
音楽の中には、何世紀も前から偶然性は存在していたのではないか?
そして、ケージの「偶然性の音楽」は、偶然性を作り出そうとしたがゆえに、
多くの偶然性を消去してしまう音楽ではないのか?
我々は、新世紀に生きている。
我々は、先人の考えを継承し、しっかりと、大地に立脚しなければならない。
しかし、歩を止めぬ勇者は、批判継承していき、新たなる、新大陸を見つけ出す。
「前衛」と言う名の、「伝統芸術」もまた然り……。
いや、これから私が語ろうとする全てが……、ショッキングであり、電撃戦である。
あなたが、もしも、音楽に情熱的であればあろうとするほど、その傷口は大きく開く。
あなたが、もしも、長生きしたいというのならば、耳を塞ぎ、私を遠ざけよ。
これは警告である。
第一の章
私は、ある、古典的な、ありふれた、クラシック音楽を聴いていた。
音楽はフォルテッシモを奏でた。
フォルテッシモ……。
だが、しかし、どの音が本当のフォルテッシモだと言えるのか?
演奏者一人ひとりによって、その、フォルッテシモは様々な色を持ち、
また、力強さも、世界も、違う。
どんなに指揮者が演奏者を操ろうとも、
そこには、必ずや「偶然性」が介入している。
「という事は、偶然性の音楽は何世紀も前から存在していたわけですね?」
その通りだ。
ケージは少なくとも「偶然性の音楽」の発明者ではない。
発見者だ。
そして、「偶然性の『ような』音楽」を発明したのだ。
何故ならば、偶然性を創出することを前提とした音楽に、そもそも「偶然性」など存在するわけも無い。
それは、「必然性」だ。
「必然性」の中に、先のフォルテッシモのような、「偶然性」が隠されているのだ。
人間には偶然性は絶対に「作り出せない」。
作り出せないからこそ「偶然性」というのだ。
音楽の中には、何世紀も前から偶然性は存在していたのではないか?
そして、ケージの「偶然性の音楽」は、偶然性を作り出そうとしたがゆえに、
多くの偶然性を消去してしまう音楽ではないのか?
我々は、新世紀に生きている。
我々は、先人の考えを継承し、しっかりと、大地に立脚しなければならない。
しかし、歩を止めぬ勇者は、批判継承していき、新たなる、新大陸を見つけ出す。
「前衛」と言う名の、「伝統芸術」もまた然り……。
音楽は死んだ!!芸術家絶滅までもうすぐ!!
このまま科学技術が際限なく進歩していった場合、間違いなく芸術家は絶滅するであろう。
いや、世界中あらゆる人が芸術家足り得てしまうだろう。
それは、つまり、「特権階級」としての芸術家の死を意味し、
また、
誰もが表現可能な芸術に人ははたして感動するのであろうか?
、という意味においても芸術家は死ぬのである。そして、芸術自体も。
そして、もっとも言いたい事は、科学が進歩し、生きるための負担が際限なく最小になった場合には芸術自体が人生においてまったく役に立たないという事。
無意味だ。
だが、しかし、
一つだけ解決策はある。
芸術を殺したくないというのならば、「宗教」と「哲学」を復活させることに尽きる!!
この話は現代の話……なのかもしれないよ?
いや、世界中あらゆる人が芸術家足り得てしまうだろう。
それは、つまり、「特権階級」としての芸術家の死を意味し、
また、
誰もが表現可能な芸術に人ははたして感動するのであろうか?
、という意味においても芸術家は死ぬのである。そして、芸術自体も。
そして、もっとも言いたい事は、科学が進歩し、生きるための負担が際限なく最小になった場合には芸術自体が人生においてまったく役に立たないという事。
無意味だ。
だが、しかし、
一つだけ解決策はある。
芸術を殺したくないというのならば、「宗教」と「哲学」を復活させることに尽きる!!
この話は現代の話……なのかもしれないよ?
「まんがで読破」ってあほすぎないか?
太宰治、坂口安吾、などの名作が漫画になって気軽に読破できる。
…ってあほすぎるだろ!!
消費者のみなさ〜ん!!
怒れ!ここきれるとこですよ!!
「漫画にして読みやすくしなきゃお前ら理解できないんだろ!?」
って言われてんですよ?
取りあえず、あの名作を、難解な哲学書を「読破」したと言う「勲章」が欲しいだけの
馬鹿な読者たちを見ていると哀れだ。
アマゾンのレビューは評価低いものばかりなんだろうなと思っていたらなんと!
結構好評かでげんなり。
「読みやすくてよかった〜」
ってそりゃそうだよ。読みやすくつくったんだから。
ツラトゥストラなんか内容まったく違うものになってるよ?
しかし、あほな読者はそんなことどうでもいいのだ。
取りあえず、読みやすくあれば、「あの難解な哲学書を読破した!」という
自尊心だけは手に入れることが出来るのだから。
最も言っておきたいことは、このシリーズ読んでも読破したことにはならん。ってこと。
例えば、こういうものはどうだろう?
「詩でなら読破できた!」とかいうシリーズを作っちゃうの。
あらゆる名作が1ページで読めちゃうの。
気軽に読めるし、「読破」できるよ?
みんなぁ〜、コメント待ってるよ。
…ってあほすぎるだろ!!
消費者のみなさ〜ん!!
怒れ!ここきれるとこですよ!!
「漫画にして読みやすくしなきゃお前ら理解できないんだろ!?」
って言われてんですよ?
取りあえず、あの名作を、難解な哲学書を「読破」したと言う「勲章」が欲しいだけの
馬鹿な読者たちを見ていると哀れだ。
アマゾンのレビューは評価低いものばかりなんだろうなと思っていたらなんと!
結構好評かでげんなり。
「読みやすくてよかった〜」
ってそりゃそうだよ。読みやすくつくったんだから。
ツラトゥストラなんか内容まったく違うものになってるよ?
しかし、あほな読者はそんなことどうでもいいのだ。
取りあえず、読みやすくあれば、「あの難解な哲学書を読破した!」という
自尊心だけは手に入れることが出来るのだから。
最も言っておきたいことは、このシリーズ読んでも読破したことにはならん。ってこと。
例えば、こういうものはどうだろう?
「詩でなら読破できた!」とかいうシリーズを作っちゃうの。
あらゆる名作が1ページで読めちゃうの。
気軽に読めるし、「読破」できるよ?
みんなぁ〜、コメント待ってるよ。
うんこ川柳
もうなにも言わん。
取り敢えず見よ!!
あかん。
笑いすぎて衝天するかと思った!!!!!!
私も、うんこ川柳、考えましたよ。
うんこが グツグツ 煮えてます
うんこが グングン 伸びてます
うんこが ジンジン 痛みます
うんこが あんあん 悶えます
うんこが かんかん 怒ります
うんこを ぷらぷら 垂らします
うんこを ぷりぷり 揺らします
おわり





